『オランピア』エドゥアール・マネ

  • 2008/04/22(火) 16:42:11



マネというと印象派の先駆けのように言われることもあったが、現代ではほとんど区別されている。マネの手法はむしろ新古典主義の延長にあり、むしろ、その枠から抜け出すことができなかったのだ。だから従来の画壇に対して挑戦しながらも、その掌の上でしか役割を演じることはできなかった。しかし、その姿を見て印象派は完成するのだが。

この作品は、ティツィアーノの『ウルビーノのヴィーナス』に着想を得た作品である。確かに良く似ているし、モチーフも似ている。しかし、それだけではない。オランピアという名前自体、当時娼婦としてメジャーであった名前なのだ。つまり、これは娼婦として描かれているのだ。ウルビーノのヴィーナスは表面的には女神の姿ではあるのだが、この絵はモチーフとして借りているだけでなく、女神を娼婦として描いているのだ。

これは当時の保守的な画壇から、批判を浴びせかけられるのは間違いがない。しかし、名前がマネだけあって簡単な真似ではない。構図やモチーフは本当に似ているが、後ろにいる召し使いが黒人になっていたり、犬が猫になっていたりと、世俗的で色香に溢れたものに置き換えられている。とはいえ、当初サロンに出品された時には、モチーフが存在することすら知られていなかったのだが。

不道徳ではあっても、こういうことでもしなければ、裸婦の歴史は進んでいかなかったのだ。現在ではあれくらいの写真なら、幾つでも雑誌に掲載されていたりするが、このような表現の進化が現代の表現に繋がっているのがよく分かる。逆に考えると、現代の状況で何から何まである時代で、次の芸術が生まれる余地があるのかと考えてしまう。

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